Written by Yuki Takemori

人や法律の煩わしさに言及する人は長生きだし法も犯さない

ライフ


この記事にはプロモーションが含まれています

「人間なんかみんな死んだらいい」、「法律なんかうっとうしい」という人は、観察する限り「あとは 死ぬだけですよ」っという老人か、過去に何らかの理不尽な目に遭って、その原因が自分がバカでいることに利益を見いだし、またそれを得てきたことに気づいた人である。

  • 人間はお互いに頼って利用し合って生きている
  • ルールは権力者が権力者自身を守るために作る

ことはすでに言うまでもなく、それが嫌であれば熊や猪、ハブやマムシ、ダニやヒルといった野生生物を相手に相撲を取りながら耕作と狩りなどで自衛と自活の手段の仕組みを広大な土地を購入するなどの手段で作って暮らすか、自分が権力者になってルールを作り、それを制度として運営するしかないと思っていい。

動物についてはペットを飼っている人であれば簡単に想像はつくと思う。例えば犬であれば噛むこともあるし、猫であれば引っ搔くこともあるし、年も取るし、病気にもなる。空想や妄想で仕立てたおもちゃでないがゆえに思い通りになることはなく、それは癒しやパートナーというよりは、獣の素直さは人間よりも使いやすいことを見込んだから彼らを選んだというだけで、狩りや介護といった目的ではないのであれば、言葉を選ばずに言うと、

「自分と自己愛を中心にできない人間関係から逃げるために言葉を喋ることがない畜生を従えることを選んだ」

のである。

これはこれはヘビやトカゲでも同じことだろう。昆虫ならば標本にして物にすればなおさらである。といっても、要らなくなったら

  • 逃げて野生化しても黙っているか言い訳で開き直る
  • 老いなどで捨てたくなってどこかに捨てる
  • 家族などに押し付ける
  • 保健所で処分してもらう

と言った手段を取るだけであろうから、自覚や実感はしにくいのであろうが。なおこれは草花でも同じである。種類によっては毒があるし、虫がくることがそれに当たる。何より水やりが必要だ。

「草花嫌い」、「畜生が怖い」、「虫はヤダ」と言って土と付き合うことを捨てて石油製品を中心にしたコンクリートやアスファルトでできた都会を選んだのであれば、人との関わりの中で弱い頂点による消費の仕組みの中で生きていいくことになる。人が人としての安定や秩序を求めるのであれば法律をはじめとしたルールを、制度として作る人にならないのであれば、それに従うことを許容することになる。おそらくだが、それに上手に従わなくてもいいようにするための手段が、口先からの話術と責任を果たすことなく自分が損をしないようにする計算でできた義理と人情という道具なのであろう。根拠も確認の手段もないが「影の法律」、「第二のルール」ともいえる。

つまり人間関係や法律に対して煩わしさやうるささを感じる人は、何も対価を差し出すことなく利益を得たい欲求があり、それを実行しているだけなのである。黙って反撃しない人だけを選ぶ短気を自称する人や、立場を利用してDVや体罰をする人やセルフネグレクトなで身持ちを崩した人が、その手段を利用する目的と同じである。

それらの手段でなるべく人が関わってこないようにすることでストレスがないようにしているのである。実際に

  • 「人口は減らした方がいい」
  • 「みんなで貧乏になったらいい」

という人はたいていあとは死ぬだけの先の短い老人であるし、

  • 「謝ることになってもいじめてメンツを保つ方がいい」
  • 「いじめられる人は悪くなくても、いじめられるだけの「何か」があり、それは例えて言うなら「脱税」である」

という人も感情を先立たせる話術を発信しても、メディアで場所をわからないようにしている。たとえそれが体面の発言でも

  • 「何かにつけゴルフクラブで殴る教師が顧問だった運動部で3年間過ごして生きのびた」
  • 「私のお父さん?強いよ。柔道の選手だったから」
  • 「体育会系が強い理由は、最悪「倒す」という手段を持っているから」

など、恐怖を先立たせることも含めて相手に「関わって損をしないようにするためにはどうするか」という感じで計算させることと、そのうえで意味も意味付けもなくてもただ言うことが念仏やお祈りのように吐き出して浄化し、精神上の防衛とすることも身を守るための手段に当たると言えるだろう。