「虎拉ぎ」は小指の付け根を指先に向けて寄せることを始点に人差し指の付け根を手首に向けて寄せることがコツかもしれない
「虎拉ぎ」の手は・小指の付け根を指先に向けて寄せることを始点に人差し指の付け根を手首に向けて寄せることがコツだと思う。多くの人は親指と人差し指を単に曲げるだけかもですが、そうではなく、・肩を下げることがその目的だと言える。体の前側の筋肉の解放が背中と脚の力になる。
「新・火焔の手」と「レモン絞りの手」の共通点【親指をしまう】
「新・火焔の手」と「レモン絞りの手」の共通点は、多分、・人差し指の付け根を指先に向けて押し出すことを始点に小指の付け根を手首に向けて押し出すことですね。多くの人は単に親指だけを反らすだけかもですが、そうではなく、それで動く手の甲を使って・親指の付け根と中指の付け根が向かい合うように近づけることことが正解です。・手首にある親指側のしわあたりの根元から付け根を先端に向けて伸ばすようにすることでの肩の下がりが背中の力となり、体の前側の筋肉の緊張を取る。
結跏趺坐の効用は脚を寄せることにあった(転載です)
結跏趺坐の効用は脚を寄せることにあると思う。脚を寄せることは股関節を閉じることで骨盤を前傾させることと同じであり、そこから仙骨を尾骨(しっぽ)を地面に向けてつけるように押し下げる動きをつかって腸骨を後傾させると、体を前後から引っ張り合って体幹を立てることができる。
あぐらの効用は股関節を開くことにあった
あぐらの効用は股関節を開くことにあると思う。股関節を開くことは骨盤の後傾と同じであり、そこから恥骨を沈めるように押し下げて骨盤を前傾させると、体を前後から引っ張り合って体幹を立てることができる。
「蓮の蕾」の手のコツは小指の付け根は指先に向けて寄せることを始点に、人差し指の付け根は手首に向けて寄せることかもしれない(転載です)
「蓮の蕾」の手のコツは・人差し指の付け根は手首に、小指の付け根は指先に向けて位置を入れ替えるようにすることですね。多くの人は指先を力ませて親指と人差し指と小指がつくかつかないかの状態にしますが、そうではなく・手の甲が動くようにした結果寄っているようにすることです。
指の付け根を寄せる目的は指の付け根を先端に向けて伸ばすようにすることにあるのかもしれない
「内側重心にするためには、親指の付け根と小指の付け根を手で押さえながら、付け根が向かい合わせになるようにしながら近づけるとよい」と言いますが、この動きは「指の付け根を先端に向けて伸ばすようにして伸ばす」動きと同じですね。下手に言葉で説明して誤解を招くよりもよい。
「旋段の手」で体の前の緊張が取れる理由【答:僧帽筋】
「旋段の手」の形にすると・肩が下がる・体の前側の緊張が取れる理由は肩から背中の僧帽筋が伸ばされるからだと思う。鎖骨の外側1/3の位置にもつく僧帽筋が伸ばされることで、同じく鎖骨につく大胸筋が伸ばされることをはじめに身体の前側の緊張が取れる。
【挫折OK】度胸と胆力はいらない【つま先の向き、骨盤の傾き、主体で使う関節が答えかも】(転載です)
度胸と胆力というものはないと思う。いざというときの女性の「一歩の踏み込み」は多分、・骨盤の傾きがその決め手なのだと思う。骨盤に落とした体重と、それを支える踵で膝との向きを揃えたつま先が内側に落ちた重心になり、内からの大きな動きが踏み込みのための一歩目となる。
「なんばん」と「なんば」の違いは主とする関節の違いなのかもしれない(転載です)
ナンバ的な歩き方には2通りの方法があって、その違いは・主となる関節の違いであると思う。多くの人は「どちらも同じ」と思うかもですが、そうじゃなくて、実際は、「主となる関節がその動きの違いになっている」が正解です。「どちらが主となるか」だけであって、同時にふたつの融合でもある。
「気をつけ」の本当の目的は体の前の筋肉の緊張を取るためなのかもしれない
「気をつけ」の本当の目的は・体の前面の筋肉の緊張を取るためにするのだと思う。多くの人は「背伸び→踏ん張る→疲れる」ですが、そうじゃなくて、実は「踵で開く→骨盤立つ→前が開く」だと思う。前の筋肉の伸びが肩を下げ、本来の位置の肩甲骨が背中の力になる。