心配の目的は助言ではなく確認作業
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「心配は怒りに変わる」とおっしゃる方がいるらしい。とはいえ、心配は心配でしかないし怒りに変わる要素は見られない。ではなぜかと考えてみた。
思うに、心配を怒りに変える人は心配をしているのではなく、自分が損をしないかどうかの確認作業をしているだけである。
では、その心配のきっかけは何かというと、心配ではなく不安であると思う。例えば、出かけてから玄関のカギをかけたかどうかわからなくなった理由は、たいていかけること、そしてかけたことを見ていないことからである。
そうであれば、「カギをかけ終わるまでは必ず見る」としておけばよいし、かけたことを確認したいのであれば、一回確かめればすむ話であるから「不安→心配→怒り」とは言えない。
であれば、不安の元になっているきっかけに答えがあるのかどうか見ていこう。不安や怒りの元になっているものは身体の緊張であるという。そして、その緊張の元になっている行動が前のめりの体勢にあるという。前のめりの体勢は動き出しにはたしかにいいが、それ以外のときは
- つま先が重心になる
- そのバランスを取るためにお尻を落としながら腰を突き出し
- 胸を下に落としながら背中を曲げて肩を上げて前に出し
- 首を前に倒すようになる
ことになる。この体勢は下あごが、
- 舌が上あごについていない→後ろにへこむ
- 舌が上あごについている→前に突き出る
ので、自分でしてみるとすぐにわかるし、また理屈がわかれば外からの観察も簡単だと思う。この状態は口呼吸になりやすいがゆえに酸素が脳に行き渡らなくなることから不安を感じるのであるが、これも
足首の関節を開くようにすることを使ってかかとが地面につくようにする
だけで、もちろん、例えば
- 1.足を腰幅に開いて(任意)
- 2.かかとを使って中趾の付け根と位置を入れ替える動きで
- 3.つま先(中趾の付け根)とひざ(膝蓋骨の真ん中)の向きをそろえて正面に向ける
うえでできるようになるし、歩くときでも小趾を意識すればかかとから着地するようにしながら打ちつけることなく、股関節を使って腰から前に傾いた体の重さを使って、「かかと→小趾→親趾」の順に足裏全体に体重を移動させることも可能であるから、つま先立ちが不安の元になっているとは言えない。
ちなみにこの方法は、やりながら次のことを思い浮かべて上の空にするのではなく、確認とそれを見届けるために一度待ってみるための方法である。もっと言えば、一回ですませることを決断するための方法であると言える。
逆に言えば、その方法を聞き入れたり実践しないということは、決断しない決断をしており、また決めないことによって、責任が発生しないことの利益を得ているということになる。ということは、不安を感じる理由は損をしないかどうかがわからないからであり、損をしないようにするために関りを持つことがないかどうかを確認したいのである。つまり、心配が怒りに変わる理由は単に心配をしていないからだ。
後ろから捉えて開いた前の関節が伸びるほうの筋肉を意識する助けになる
関節は・後ろから捉えると前側の関節が開くようになりますね。・股関節は縦にスペースを空けるように・肩関節は横にしわを伸ばすように・頭と首は後上方に持ち上げるようになって、体の前側の筋肉の伸びを意識するようになる。