私がXをやめた理由【結論:つまらなくなった】
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こんにちはユウキです。
先日Xを完全にやめてアカウントも削除しました。理由を書きます。
再開しました。こちらからどうぞ。
姿勢は
✅ヘソから空を見上げる
と簡単に良くなります。多くの人は胸を張って背を伸ばしますが、そうじゃなくて、実は「へそ下に力が入った状態で骨盤を立てる」ことが正解です。
骨盤の主体性が背筋と腹筋の両方に力を入れて、伸びた仙骨が本当の「バランス」になる。https://t.co/7FnTt9GuKT— ユウキ 身体の使い方工作室 (@yukitakeblog) March 3, 2025
- その①:発信が乱暴になった
- その②:金を出してもフォロワーを買えない
- その③:所詮マスクの一人勝ち
- その④:つまらない
- その⑤:言い返されない「心療内科」は無意味
- 最後に
その①:発信が乱暴になった
TwitterことXをやめるきっかけになった最大の理由はこれである。見出しのとおり発信の内容が乱暴になったからである。
Xをしている皆さんの目的は、多分
営業
であるのだが、そのために少しでも目に留まり、自分のアカウントを長く見ていてもらおうとして、白いチェックマークが入った青いバッジの「プレミアム」、「プレミアムプラス」のためにそれぞれ、
- プレミアム→月額980円、年額1万280円
- プレミアムプラス→月額1960円、年額2万560円
を支払っており、私もフォロワーを増やすために、「プレミアム」に初回3か月の半額の割り引きの期間にお試しの意味もこめて課金した。
たしかにフォロワーは100人ほど増えたが、その後は横ばいで下がり気味になった。さらに広告は確かに減ったが、同時にどっきりものや暴力、犯罪の瞬間の投稿やエロものへの誘導の投稿がタイムラインを占めるようになり、私の投稿も乱暴になっていった。
具体的に使った言葉としては、
- チー牛
- 肉便器
- 肥桶
である。
私が発信したいのは自分ができなかったことを実現するための体の使い方であり、気を惹く投稿の二番煎じではない。
その②:金を出してもフォロワーを買えない
「金で人は買えない」
これは至言である。きれいごとではない。青認証を受ける前のフォロワーは730人ほどで、受けてからは830人であった。つまり、「年間1万円で100人を買った」のである。
それでnoteやブログの読者が増えたかといえば増えていない。むしろ上記のこともあって読者は減ったと思っている。
その③:所詮マスクの一人勝ち
これは、
- YoutuberはGoogleのための極低賃金労働者
- パチスロの本当の勝利者は経営者
- 株で本当に儲けるのは証券会社
である構図とは全く同じといってよく、もっといえば、「会社で一番儲けるのは経営者であって、会社員であることに不満があるなら自立することだ」と同じである。
さて、Twitter社をイーロン・マスクが買収した段階で、本当に一人勝ちしているのはイーロン・マスクだけである。こうなると、トップを総取りしているインフルエンサーでも規模の大小を問わず経営者であっても「吸われるだけのお客様」なのである。
つまるところ今のXの利用者全員が集まったとしても、束になって突っかかったとしても、世界トップの富豪でもあるマスクからすると「ザコの寄せ集め」でしかない(もちろん当のマスク氏はこんなことは口に出さないと思うが)。
所詮マスクの一人勝ち。つまり誰も勝てない。
その④:つまらない
何よりつまらなくなった。発信する内容が朝と晩で似たり寄ったりの繰り返しであるのだが、何より時流に乗って成功した人の売上報告を見ることに疲れた。「こんなことまでしなければいけないのか」ということがSNSに対して思うところである。
自分の売り上げを報告しても敵を作るだけだし、子育ての写真なんか載せても幸せを共有することなんかそもそもできはしない。むしろ、たとえその人の選択の結果であったとしても、人生に失敗したとか、思った通りにいかないと思っていたり、そのように思い込んでいたい人の神経を「否定された」とか「メンツを潰された」と逆なでするだけでいいことはない。
結局は、炎上のきっかけを作ったとしてその元になる投稿をした人だけが悪者になり、炎上させた人は自分の投稿を削除して逃げ切るだけで、これは、「悪口に参加して明日になると自分が言ったことになっている」と程度は同じである。
もっと言ってみれば、
返礼を理由にして物を持ってきて「受け取ってくれないと困ります」といいながら地面に置いて帰ったり、置かせないように手を出して触った瞬間に「受け取った」とみなし、「受け取れ」とは言ってないと言いながら、落とした場合でも「受け取らなかったお前が悪い」と言わなくても、突然押し掛けたことで立場が弱くなり、パニックを起こしやすくなった状況を使って、自動的に罪悪感を抱く相手が条件反射のように「私が悪い」と思えば、「自分は欲だけを叶えながら、責任も果たさない」という利益だけが手に入る
ことと同じなのである。
まったくつまらないことだ。
その⑤:指摘のない「心療内科」は無意味
いつ誰の投稿か忘れた。だがそれは私がXをやめるにあたっての最大の一押しになった。
内容や投稿者の意図はともかくとして、特に「Xはもう心療内科」には私も同意する。「その①」で書いたとおり投稿したいと思っていた内容からズレて乱暴になったのは、子どものときにしなかったことや言うべきであったにもかかわらず言わなかったことを体験の共有を言い訳にして文章にすることで吐いていたからである。
正直言って「今ごろお気づきになったのですか」が自分に思う感想である。自分が取った行動の判断に納得するための条件は、自分で人生に責任をもって選ぶことであり、何十年もたって気がついても意味がないのである。その気づきは罪悪感という言葉で飾ってはいるが、その内実は、
- やり返してこない相手だけを選んでいた
- 親のケンカの強さや実家の影響力が無ければ何もできない
であり、子どもに暴力をふるった母親が「なんてことをしてきたんだ」と恐怖することが代表例である。これは報復を恐れて保身に走っているわけでも、自らの行いに罪悪感を抱いているわけでもない。自分にだって匿名性という条件が整ったときに攻撃性が出るという現実を初めて、自ら直視しているだけなのである。
見出しのとおり、「心療内科としてのX」は無意味である。心療内科やカウンセリングのセールスポイントは、
プロとしてドライに傾聴する
ことであると思う。
またこれは別の人の投稿なのであるが、「いい友達はどんな人?」に対し、「痛いところをズバリと指摘してくれる人」と返していた。
まさにこれが心療内科のもう一つの売りなのではないかと思う。情を入れずにただ聴くことで相談者が気づいていないことを気づくように促して、そのうえで彼ら自身がこれまでの過去のことは納得しながら執着を手離し、これからこなすべき課題を直視することに手を貸すことが本当のカウンセリングであり、心療内科はそのならではの場所であると思う。
最後に
発信自体は続けます。物事を工夫すること自体は好きなので、今後はそちらに集中します。
でお会いしましょう。
おわり。
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